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横浜地方裁判所 昭和55年(ワ)2069号 判決

原告

糟谷直彦

被告

黒石博昭

主文

一  被告は原告に対し、金一一九万四四八七円およびこれに対する昭和五三年一二月一八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は三分し、その二を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三七二万〇三五六円およびこれに対する昭和五三年一二月一八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五三年一二月一七日午前一〇時三〇分ころ、被告黒石博昭が自家用普通自動車(横浜五八た九五)を運転して、茅ケ崎市中海岸一丁目四番四八号先市道上を茅ケ崎駅方面から国道一三四号線方面に向けて進行中、進行方向右側から左側へ歩行して横断中の原告糟谷直彦(昭和四五年五月一九日生)に衝突させた。

2  責任原因

(1) 被告は本件事故当時、本件自動車の保有者であつたから、加害者の運行供用者として自賠法三条に基づき本件事故によつて原告が受けた損害を賠償する責任がある。

(2) 被告は、前方不注意の過失によつて本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条に基づき本件事故によつて原告が受けた損害を賠償する責任がある。

3  損害

(1) 傷害の内容

原告は本件事故のために、顔面、左大腿、右下腿打撲および上門歯歯槽骨骨折、上門歯一本脱落、同一本抜歯等の傷害を受けた。

(2) 受傷に伴う損害の数額

(一) 慰藉料 金八三方三三三三円

右内訳

(イ) 傷害慰藉料 金八万三三三三円

(ロ) 後遺傷害慰藉料 金七五万円

(二) 逸失利益 金一六四万八五九七円

A 労働能力喪失率 一〇〇分の五

B 年収 金二九五万六〇六五円

C ライプニッツ係数 一一・一五四

A×B×C=一六四万八五九七円

(三) 関係諸費用 金一五〇万八四二六円

治療関係費 金七二万七二四六円

小坂胃腸外科 金一万九二二〇円

東京歯科大学病院 金七万三八一一円

茅ケ崎市立病院 金一万七九六五円

高橋歯科医院 金五七万円

八田歯科医院 金四万六二五〇円

将来の治療見込み費用 金七六万円

可微性架工義歯 四万円×一二回分=四八万円

固定性架工義歯 七万円×四本=二八万円

通院費 金二万〇〇三〇円

小坂胃腸外科 金七三〇円

東京歯科大学病院 金一万〇九二〇円

茅ケ崎市立病院 金一一八〇円

高橋歯科医院 金七二〇〇円

その他 金一一五〇円

但し、事故証明書作成費、住民票手数料等

(四) 弁護費用 金三〇万円

右(三)の関係諸費用中、高橋歯科医院における治療費金五七万円と将来の治療見込費用金七六万円とは一部重複するので以上合計金四二九万〇三五六円のうち、金五七万円(将来の治療見込費用に関し中間利息控除分二一万六三〇六円を含む)を差し引く。

4  結び

よつて、原告は被告に対し、金三七二万〇三五六円およびこれに対する事故発生日の翌日である昭和五三年一二月一八日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3(1)のうち、原告が傷害を受けた事実は認めるが、傷害の部位、程度は知らない。3(2)のうち通院の事実は認め、後遺傷害等級は否認し、その余の点は知らない。

三  抗弁

1  本件交通事故現場は、上下各一車線の市道上であり、被告車の進行方向から見て、右カーブを抜け直線道路に入つて間もないところである。したがつて、当該道路を横断する者は左右をみて接近車両の有無を見定め、安全を確認すべき義務があるにもかかわらず、原告は右安全義務を怠つた上、被告車進行方向右側から左側へ横断を開始したものであり、原告の右過失も本件事故の一因というべきであるから、原告の損害を算定するに当たつては右の点を斟酌して減額されるべきである。

2  被告は原告に対し事故後間もなく損害賠償金内金一〇万円を支払つた。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実1は否認する。同2は認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  (事故及び責任原因)

請求原因1及び2の各事業は当事者間に争いが無い。

二  (損害)

1  いずれも成立に争いがない甲第三号証の一、第四号証の一、第五号証の一、第六号証の一、第七号証の一、乙第六号証の一及び原告法定代理人糟谷幸彦本人尋問の結果に依れば請求原因3の(1)の事実(負傷の内容)が認められる。

2  原告が本件事故による傷害の治療のために、昭和五三年一二月一七日から昭和五五年五月二一日までの間に二五日間病院等に通つたことは当事者間に争いが無く、前掲各証拠と総合考慮すれば、原告は右治療に専念する間に相当の精神的苦痛を味わつたことが認められ、これを慰藉するには少なくとも八万三三三三円を要するものと認められ、これに反する証拠はない。

3  前掲各証拠ならびに成立に争いがない甲第一号証によれば、原告は事故当時八歳の少年であり、既に永久歯にかわつていた上門歯二本を失い義歯を装着せざるを得なくなつたことが認められ、治療により一応の機能の回復を得たとは言うものの、成長に従い更に調整を要することも明らかであり、将来にわたつて原告が義歯であることによる不便不快を忍ばなくてはならないことになつた。被告はこの精神的損害を賠償する義務がある。これを慰藉するには六〇万円を要するものと認めるのが相当である。

4  原告に右のとおりの傷害が残つたとしても、これにより原告の将来の所得が左右されることを認めるに足る証拠は何ら存しない。

5  前掲各証拠及びいずれも成立に争いがない甲第二号証、第三号証の二ないし五、第四号証の二ないし一〇、第五号証の二ないし四、第六号証の二、第七号証の二、第九号証、第一〇号証、乙第六号証の二及び三ならびに弁論の全趣旨によりいずれも成立を認める甲第八号証の一ないし三によれば、原告は右の傷害治療のため昭和五三年一二月一八日から昭和五五年五月二一日までの間に高橋歯科医院ほか四ケ所の病院または医院に実日数二五日通院し、治療費として七二万七二四六円を支払つたこと、通院のために合計二万〇〇三〇円を要したこと、これらはいずれも負傷の治療のために必要であり相当なものであることが認められる。

成立に争いがない甲第九号証、第一〇号証中には、原告には今後成人に達するころまでの間毎年一回歯のつけ替えをする必要があるとする部分があるが、甲第二号証、第六号証の一、二、法定代理人糟谷幸彦本人尋問の結果等にてらし信用し難い。

また先に認めたとおり、原告には一応十分な治療が施されてはいるが将来調整を要するのであるが、これに要する費用の幾何を明らかにする資料は存しない。

被告は、甲第六号証の一及び二によれば、原告は昭和五五年三月二八日から同年五月二一日までの間東京都千代田区有楽町所在の高橋歯科医院に四日間通院して治療を受け五七万円を支払つている事実が認められるが高額に過ぎ本件事故との因果関係は疑わしいと主張しているけれども、これを納得させるに足る証拠はない。

成立に争いのない甲第八号証の六、弁論の全趣旨によりいずれも成立を認める同号証の四及び五、前掲同号証の一によれば、原告が本件交通事故に関連して更に一一五〇円を出損している事実を認めることができる。事故による直接の損害であるとも、またその回復のために必要なものであるとも認めるに足る証拠がない。

三  (過失相殺)

いずれも成立に争いのない甲第一号証、第一一号証の一及び二、乙第一号証の二、第二ないし第五号証、第七号証及び糟谷幸彦の供述を総合すると、次の事実が認められる。

原告は事故当日友人と別れて現場付近に至り、茅ケ崎駅から国道一三四号線に至る市道の西側に立ち、丁度反対側に居合わせた親族の二人の児童に会するべく左右を見、右手方向に自動車の接近するのを認めたが、横断に支障は無いと判断し、東道幅員五・八メートルの右市道を走つて横断し始めた。道路中央線直前で左方から被告運転の自動車が接近するのを認めたが、咄嗟の判断で、少し右方へ折れて走れば安全に渡り切る事ができると考え、そのまま走つたが、被告車の走る車線の中央付近で、被告車の左前部に衝突せしめられ転倒した。

被告は時速約三〇キロメートルで茅ケ崎方面から国道一三四号線方面に走つていたところ、遠方から対向して来る自動車と自車前方五〇メートル位の所を先行する自動車を認め、更に衝突現場付近の市道左側に二人の児童の佇立するのに気づき、これに注意しながら進んでいたところ、右の対向車の前を右から左に走る原告が道路中央へ至る少し前の状態でいるのを発見し、直ちに制動したが間に合わず停止直前に原告に自車左前部を衝突させえ。原告が横断を開始した場所から左方への見通しは少くとも四〇メートルは十分であり、原告を被告が認めた距離は一〇・五メートル前方であつた。

原告は事故当時八歳の少年で、事故現場付近に住み、当該市道の交通量などを十分承知していた。

ところで原告代理人は、被告車が四〇ないし四五キロメートル毎時で走つていたと主張するが、先の乙第三号証中に被告車のスリツプ痕として右七・六メートル、左九・五メートルとあるところから、当時の道路条件と認められる乾燥アスフアルト路面について力学の知見を利用して推算したものに過ぎず、ホイールベースを考慮しないもので、採用できない。また糟谷幸彦の供述中には、原告が事故後同人に対し、被告車はものすごいスピードで走つて来たと語つたとする部分があるが、時速についての右の判断を考慮すると、却つて原告が横断開始前に左方に対する十分の注意を欠いたのでは無いかと窺わせる。なお同人の供述によると、原告が安全と判断した右方からの進行車は、結局原告の横断したあたりで制動し止つたことが認められるから、原告の安全だとの判断も十全で無かつたことが窺われる。

他に先の認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると原告は左方に対する十分の注視を欠いたまま横断をし、中央付近で左方から接近する被告車を容易に避けられると判断した点において落度があり、諸般の事情を考慮して、損害額の二割を過失相殺として減ずるのが相当である。

四  (弁護士費用)

訴訟の経緯、認容額等を考慮し、原告が請求し得る弁護士費用は一五万円を以つて相当と認める。

五  (弁済)

被告が原告に対し、既に損害賠償金として一〇万円を支払つたことは当事者間に争いがない。

六  (結論)

そうすると原告の請求は、金一一九万四四八七円とこれに対する昭和五三年一二月一八日から支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用は民訴法八九条、九二条によりこれを三分して、その二を被告の、その余を原告の各負担とし、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 曽我大三郎)

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